産学官による政府の情報通信技術 (IT) 戦略会議が平成12年11月27日5年後に米国に追いつく国家戦略を取り纏めて終了した。議長を務めたソニーの出井伸之会長は超高速インターネット網の整備と低料金で常時接続できるインフラ作りが急務と語った。
私も昨年9月アメリカのケーブルTVを利用したITの進展状況を視察してきた。面的に広がるCATV網を利用した超高速インターネットへの動きが物凄く、CATV会社の吸収合併によって巨大MSOに取り込まれて、アメリカ全土を覆い尽くすネットワークが構築されていた。冷戦時代に極秘に開発された国防省のIT技術が急速に民間に移転され、更にMITなど大学の研究陣と結びついて急激に普及している様子をつぶさにみることができた。高速でしかも安い料金で常時接続されているインターネットが社会の仕組みを大きく変えようとしている。
ITを使うことにより、余分なコストの削減が図れ、欲しい情報の授受や、知って貰いたい情報の発信がスピードアップして、社会のいろいろな分野に大きな変化があらわれる。買い物はほとんどインターネット市場で可能になる。共稼ぎの家庭でも晩めしの材料をインターネットで注文しておけば夕方駅前のコンビニで受け取って帰れるようになる。準健康者の在宅診療も浜岡町で実施されるCATVの一つのコンテンツとして準備中である。官公庁の発注、入札見積もり全てがインターネットで行われるようになるのも間近である。
これからの社会、激しい変化に追随するためにはITを使いこなした者は生き残り、ITに背を向けて今までのやり方に拘った者は置き去りにされる世の中になる。
世の中が大きく変わろうとしているこの時期、大学も大きな試練を向かえている。少子化の時代を抱え、政府は独立行政法人として各々の大学に特色ある存在理念を出させようとしている。伝統のある大学であろうとも社会や学生から魅力がないと言われたら生き残ってはゆけない。 幸い我が名工大は新しい柳田学長をお迎えして新しい取り組みの第一歩を踏み出すことができた。この改革への挑戦にOBとOBを抱える地元企業がこぞって応援体制を採らなければならない。
僭越ながら私は次のことをあえて望みたい。大量生産による低コストで均質性を求めた時代の卒業生から、自分の個性をいかしながら、大学時代これだけの事をやってきたと胸をはれる卒業生を送り出して欲しい。今までは組織からはみ出る人間は協調性がないと疎まれがちだったが、これからは個性的で一人でも強力な推進力と成る人間が必要になる。アメリカ経済の大きな推進力はベンチャーが果たしている。
また名工大でも公開講座が多く開かれるようになってきたが、社会に対してもっともっと発信していただき、企業もこれを最大に利用して企業の中に取り入れたり、共同研究体制を採るなどすれば自社開発するより利するところが大きい筈である。弊社も年二回名大、名工大、岐阜大の先生方と技術研究会を持って教えを請うているが、大きな成果が得られている。我が母校の益々の発展を願っている。
現在,母校は独立行政法人化という大学の存立に関わるような荒波が押し寄せ,地域に密着した特色のある内容の大学つくりが求められ,産学共同研究や技術移転の体制の整備,促進等の面で産業界との結びつきが,今まで以上に重要になって参りました.母校が新学長柳田博明先生のもとで,一致団結して,この難局を乗り切られる事を願うと共に,電影会としてもバックアップして行きたいと思います.
さて,小生は名誉ある電影会会長を仰せつかり,はや5年になりました.電影会が更なる発展をするため,2000年という節目の年に,若い有能な副会長の昭和36年(第9回)卒の神谷昌弘氏と交代いたしましたので,よろしくご了承を得たいと思います.
5年間,少しでもご満足いただけるよう努めて参りましたが,何かと不行き届きで充分なことが出来ずお詫び申し上げるとともに,これまでの皆様の暖かいご支援とご協力に深く感謝申し上げます.
会員諸兄におかれましては,今後も引き続き新会長のもとに電影会の活動にご支援とご協力をお願いし,会長退任の挨拶とさせていただきます.
平成12年4月より任期2年の副学長職に就いております。主な業務は、学内の研究統括と国際交流です。平成13年4月から学生部長の教官ポスト転用により新たに副学長職が設けられる予定で、その所掌事項は教務関係が中心になります。
さて、今回は名工大の平成12年度における研究活動の活性化、高度化の一端をご紹介させていただきます。
当研究施設は平成3年に付属窯業技術研究施設を改組し、10年を時限とする研究施設として、教授4、助教授3で、セラミックスの高機能化および先端的セラミックスの開発にあたってきました。その間、2度にわたる学外専門家による外部評価を受け、平成13年4月からインテリジェントセラミックスの開発研究を行う教授4、客員教授1、助教授3構成のセラミックス基盤工学研究センターに生まれ変わります。
当センターは「極微細構造材料の物性およびデバイスの研究開発」を目的に平成5年設立、今日に至っています。平成15年3月の時限に備え、平成13年1月外部評価を実施し、次世代材料による新機能デバイスの作製と要素技術の確立を目指す基盤研究施設に転換すべく準備を始めました。
平成元年に民間等との共同研究、受託研究の実施機関として設立後12年を経過し、平成13年2月に外部評価を実施、後述する「研究協力会」発足を機にこの地域の産学共同事業、新産業創出基地となる「テクノセンター構想」を構想。
従来、教授、助教授などの職制に応じて均等配分されていた研究費の一部をプールし、学内公募の特定研究、一般研究、奨励研究の各テーマを一定の基準により審査し、研究費を重点配分しました。特定研究は従来の工学の枠を越えて異分野との融合による新しい工学の創造につながることが条件で、審査には学外者も加わりました。
ベンチャービジネスラボラトリーでは、特許化の用意がある、企業との新製品開拓につながる、などの条件のもとで学内教官、院生から研究テーマを公募、学内教官による審査結果に応じた研究費の配分を実施しました。
新産業創出につながる企業技術者と学内教官による研究会活動を元に、民間企業と大学の共同研究の活性化を図るための組織として、研究協力会が平成12年11月に発足。170社を超える会員企業が参画していただけ、現在8研究会が活動を始めています。
名工大の修士課程学生の研究から実用レベルに近い研究成果をポスター形式で公表する「工学教育研究のフロンティア」を中小企業会館で開催。今年は180件を越える研究成果発表に400人を超える企業関係者が参加いただきました。
不肖松井が、米国電気電子学会と合同で開催した高度運動制御に関する国際会議、都市循環システム工学専攻長野教授による乱流熱物質輸送国際会議、同専攻長谷川助教授による乱流燃焼に関する国際ワークショップ、材料工学科奥田教授開催のセラミックスセミナー、計4件が学内教官主催による国際会議。なお、外国の会議に出席した教官の延べ人数は319名におよびました。
卒業生各位の本学の研究活動に就いてのご理解の一助となれば幸いです。
2000年4月1日、松井信行同センター長の副学長就任に伴い名古屋工業大学共同研究センター長に就任しました。センター長職は兼任で、システムマネジメント工学科に所属しています。
まず、システムマネジメント工学科の概要を説明しましょう。当学科はマネジメントセンスを持った技術者の育成を目的に、平成9年4月に設立され、平成13年3月に始めて卒業生が出ます。資源環境マネジメント、電子システム情報、産業システムマネジメント、社会システムマネジメント、都市開発システムマネジメントの5講座からなり、1学年40名定員のミニ工学部です。その内10名が留学生で、国際性豊かなクラスです。小生の講座は電子システム情報で、授業科目の70%は電気情報工学科と一緒です。私も両方一緒に授業を行っています。このように授業や卒研、就職斡旋は電気情報工学科とほぼ一体で行っています。また、10名程度の少人数教育も行うのも特徴の一つです。他の講座でも事情はほぼ同じです。
次に、共同研究センターについて述べます。同センターは平成12年度で12歳になります。同センターは簡単に言えば、外部資金導入の窓口で、民間との共同研究を通して、大学並びに地域産業界の活性化を図る旗振り役です。また、大学での研究情報の発信や、科学技術相談所でもあります。平成12年末の共同研究、受託研究の件数および合計金額はそれぞれ54件、1億7千万円、29件、1億4千万円です。100年の伝統を誇る本学の実力からはやや少ないと思います。先生方にさらに頑張っていたきたいと同時に、OBの方々からもご理解ご支援を賜り、共同研究を活発にしたいと願っています。
国立大学の独立法人化への移行はもうすぐです。このため大学の財政基盤を強化する必要があり、共同研究センターの役割は極めて重要です。特に、地域産業界との親密な関係の構築が必要不可欠です。そのための具体的プログラムとして、(1)リエゾニング(仲介)です。センタースタッフが学内の研究シーズを 企業の技術ニーズに結び付ける草の根活動を行い、特許等知的所有権の相談にのります。(2)新産業創設のための研究会を起します。新産業技術開発・応用に即した題材を取り上げ、学内外の研究者・技術者がキャンパスに集まり、熱心かつ親密に討論する人的交流の場です。「行きやすい、わかりやすい、ためになる、さすが」をモットーに、可能な限り名古屋工業大学の様々なメニューを提供し、産業界、官界の 研究者、技術者が「出会う場、出会いやすい場、出会いたい場」を築きます。
研究会を実現するための財政基盤策として、名古屋工業会の中に、任意団体の名古屋工業大学研究協力会を設立していただきました。平成12年11月29日設立総会において名商副会頭富田和夫氏(東朋テクノロジー取締役会長)が同協力会会長に就任されました。皆様のご努力により現在企業会員150社が入会しています(一口年額5万円、一口以上)。今後は個人会員(一口2万円)の入会も併せて呼びかけます。また工業会からは5年にわたって助成を受けることが認められています。平成12年度には10件程度、平成13年度には40件程度の研究会を開催するよう準備しています。共同研究センターの詳細はホームページ(http://ccr.nitech.ac.jp/kyoudou)でも見ることができます。
共同研究センターは研究者・技術者のよきパートナーを目指します。電影会会員の皆様には、企業会員、個人会員として入会いただき、研究会を活用して、21世紀技術を創生して下さい。物づくりの中心であるこの中京の地に名古屋工業大学が新たな100年に向けて優秀な技術者と企業家を輩出し続けるように直接間接の応援をしてください。
武蔵工業大学という名前は関西地区および中部地区では余り知られていないが関東地区では名門校に成っているので、大学の紹介から記す事にする。
1929(昭和4)年9月10日武蔵高等工科学校として東京五反田に電気工学科、土木工学科、建築学科の3学科で創立され、武蔵工業大学工学部・電気工学科の歴史はこの時点から始まっている。武蔵高等工科学校には1934(昭和9)年機械工学科が新設され、1941(昭和16)年専門学校令により武蔵高等工業学校となり、1944(昭和19)年電気工学科から電気通信工学科が分離誕生して電気、通信、機械、土木、建築の5学科を有する武蔵高等工業学校が誕生する事になった。
山田学長は武蔵工業専門学校時代(1945年)に東京工業大学の教授でかつ、文部省の大学設置委員会の専門委員を兼任されており、武蔵工業専門学校が大学に昇格する時大学設置委員会として極めて懇切に昇格への指導をされていたので、武蔵工業大学工学部の内容を熟知しておられた。
学長就任以来、大学学部の施設・設備はもとより、各学科の組織・内容を急速に整えられ、大学院を1966(昭和41)年機械工学、生産機械工学、電気工学、建築学の4専攻修士課程を設立され、1968(昭和43)年博士課程を設立されている。かくして新制の単科大学としては日本で最初の博士課程を有する私立の新制単科大学が誕生し、1973(昭和48)年に工学博士第1号を機械工学専攻から送り出されている。
電気通信工学科はエレクトロニクス時代に対 応するため、1968(昭和43)年電気通信工学科から電子通信工学科に名称を変更し、1985(昭和60)年電気工学科も電気電子工学科と名称を変更している。その後1997(平成9)年電気電子工学科から3講座,電子通信工学科から2講座出して電子情報工学科を創設した。
自動制御研究室は1978(昭和53)年に電気工学科内に設立され、教授1名、講師1名の陣容でスタートし、新時代が要求している計測制御の理論と応用技術を広く研究し、学内の各部署に普及させる任務を分担する事になった。研究室には現在教授2名、講師1名の教員と大学院生19名、学部生21名が所属している。
研究内容は、①ソフトコンピューテイングの研究、②制御理論の基礎と応用研究、③ロボット関係の研究に大別される。
I am from Ghana, located in West Africa with a population of 18 million and total land area of 238,537km2. Cocoa, gold and timber are the major exports for Ghana with machinery, automobiles, crude oil, medicine and other merchandise goods as the main imports. It is relatively a peaceful country and currently in a process of fortifying its democratic administration.
I came to Japan about 6 years ago to pursue a research program. This was initially supposed to be a two year program, but was extended to enable me pursue both the Masters and Doctorate programs. Initially, it was difficult because of the language problem, notwithstanding the language course taken at the Nagoya University, and secondly because of the cultural differences between Ghana and Japan. However, with some assistance from Prof. K. Naito, Dr. Y. Mizuno and later Prof. K. Nakamura as well as some friends (both Japanese and non-Japanese), I was able to adjust into the system and set myself up for the program. I am really grateful to all for the much-needed assistance without which I could not have come this far. Japan is really a beautiful country, and is in an enviable position of being a developed and peaceful country. I indeed enjoyed my stay in Japan. It is however, regrettable that I still have difficulty in speaking the Japanese language. To me, the Japanese are friendly but their language is not.
On my research, which was on the assessment of the current carrying capacity of an overhead line conductor using probabilistic approach, I count myself as lucky to be in this Laboratory. A very conducive atmosphere as well as the necessary materials and resources required were all provided. This kept the program very alive and the desire to share the findings with the rest of the world made it almost obligatory to publish these findings periodically. Sometimes, this required working even on holidays, and thanks to the strictness of my supervisors, I am very happy to have associated myself with such knowledgeable people. I hope there will be another opportunity to work with them in the future.
新年度が始まり,電影会関連の学科の担当も以下のようになりました.
永年お世話になりました.
ここに謹んで哀悼の意を表します.
次の方が叙勲の栄誉に浴されました.
平成13年度より電影会の新事業として電影会会員の皆様への公開講座参加費補助、及び名工大で電気系教官が開催する研究会・学会への開催費補助を計画しています。
名工大では一般の方を対象として情報分野、環境分野、エネルギー分野、材料分野等で、毎年公開講座を開催していますが、従来は有料の場合が一般的でした。そこで、電影会会員の皆様が名工大で開催されるこれらの公開講座に参加した場合、参加費を電影会で負担しようとするものです。これまでは卒業後は大学との関係が薄くなりがちでしたが、公開講座への参加等で電影会会員の皆様が卒業後も大学との関係を保ち、また、電影会にもご支援頂きたいと思っています。
電気系教官が開催する研究会・学会への参加費補助においては、主催する学会から補助が無かったり、十分ではない場合、若干の開催費を補助するものです。
併せて電影会のネットワークの充実も行っていきます。これまでは予算的な問題で電影会から会員の皆様への連絡は1年に1回の総会通知・でんえい会誌送付のみでしたが、13年度からは公開講座の開催等の大学行事を電影会から直接電子メールにて随時連絡する計画であります。そのために、電影会総会の出欠通知に電子メールアドレスをお持ちの方は是非ご記入して返送下さるようお願いします。なお、詳細は総会にて説明させて頂く予定ですので、出来る限りご出席下さるようお願いします。
昨年度の入試状況と就職状況は以下の通りです.
前期日程 | 後期日程 | ||
---|---|---|---|
推薦 | 一般 | 一般 | |
募集人員 | 30 | 110 | 30 |
志願者数 | 166 | 392 | 249 |
受験者数 | 166 | 369 | 135 |
合格者数 | 30 | 114 | 35 |
入学者数 | 177 |
前期日程 | 後期日程 | |
---|---|---|
募集人員 | 50 | 10 |
志願者数 | 197 | 78 |
受験者数 | 192 | 48 |
合格者数 | 52 | 10 |
入学者数 | 61 |
推薦 | 一般 | |||
---|---|---|---|---|
高卒 | 社会人 | 前期 | 後期 | |
募集人員 | 15 | 若干名 | 35 | 10 |
志願者数 | 17 | 5 | 105 | 70 |
受験者数 | 17 | 5 | 96 | 44 |
合格者数 | 15 | 3 | 38 | 12 |
入学者数 | 60 |
電気情報 | 知能情報 | |
---|---|---|
募集人員 | 若干名 | 若干名 |
志願者数 | 16 | 10 |
受験者数 | 16 | 9 |
合格者数 | 5 | 1 |
電気情報 | 知能情報 | |||
---|---|---|---|---|
一部 | 二部 | 一部 | ||
一般 | 社会人 | |||
募集人員 | 若干名 | 若干名 | 若干名 | 若干名 |
志願者数 | 53 | 1 | 7 | 19 |
受験者数 | 49 | 1 | 7 | 16 |
合格者数 | 18 | 1 | 6 | 3 |
入学者数 | 7 | 1 | 6 | 2 |
博士前期 | 博士後期 | |
---|---|---|
募集人員 | 58 | 6 |
志願者数 | 169 | 14 |
受験者数 | 164 | 14 |
合格者数 | 127 | 14 |
入学者数 | 129 | 16 |
電気情報 | 知能情報 | ||||
---|---|---|---|---|---|
大学院 | 一部 | 二部 | 大学院 | 一部 | |
卒業者 | 44 | 89 | 21 | 32 | 70 |
進学者 | 1 | 51 | 2 | 6 | 30 |
研究生 | - | - | - | - | - |
一般企業 | 41 | 29 | 9 | 19 | 40 |
官公庁関係 | 1 | 2 | 2 | 2 | - |
教員 | - | - | - | 1 | - |
自営 | - | - | - | - | - |
未定者 | 1 | 5 | 2 | 2 | - |
その他 | 1 | 2 | 6 | 2 | - |
以下の方々より寄付をいただきました.ご高配に厚く御礼申し上げます.
氏名 | 卒業年度 | 学科 |
---|---|---|
清水 弘 | 昭和 7 | 電気工学科 |
三船 修 | 昭和 7 | 電気工学科 |
柳澤 祐雄 | 昭和 7 | 電気工学科 |
春藤 誠一 | 昭和 10 | 電気工学科 |
月見 保次郎 | 昭和 11 | 電気工学科 |
西村 美登 | 昭和 11 | 電気工学科 |
砂田 辰夫 | 昭和 12 | 電気工学科 |
匿名希望 | 昭和 12 | 電気工学科 |
井上 丈太郎 | 昭和 13 | 電気工学科 |
大原 栄 | 昭和 13 | 電気工学科 |
近藤 育温 | 昭和 13 | 電気工学科 |
赤尾 廣重 | 昭和 14 | 電気工学科 |
菊地 秀樹 | 昭和 14 | 電気工学科 |
鈴木 孝吉 | 昭和 14 | 電気工学科 |
谷山 次弘 | 昭和 14 | 電気工学科 |
蛭川 達雄 | 昭和 14 | 電気工学科 |
渡辺 実次 | 昭和 14 | 電気工学科 |
濱沖 雄二 | 昭和 15 | 電気工学科 |
石川 太郎 | 昭和 16 | 電気工学科 |
井上 順弘 | 昭和 16 | 電気工学科 |
大塚 次郎 | 昭和 16 | 電気工学科 |
岡本 格芳 | 昭和 16 | 電気工学科 |
岡本 進午 | 昭和 16 | 電気工学科 |
小岩 八郎 | 昭和 16 | 電気工学科 |
杉山 貞夫 | 昭和 16 | 電気工学科 |
竹内 芳郎 | 昭和 16 | 電気工学科 |
中村 智善 | 昭和 16 | 電気工学科 |
成田 賢仁 | 昭和 16 | 電気工学科 |
服部 念 | 昭和 16 | 電気工学科 |
水野 宏行 | 昭和 16 | 電気工学科 |
百瀬 澄長 | 昭和 16 | 電気工学科 |
横山 哲郎 | 昭和 16 | 電気工学科 |
石田 喬力 | 昭和 17 | 電気工学科 |
伊藤 武 | 昭和 17 | 電気工学科 |
織田 二郎 | 昭和 17 | 電気工学科 |
長谷川 昇 | 昭和 17 | 電気工学科 |
山本 富男 | 昭和 17 | 電気工学科 |
青木 保 | 昭和 18 | 電気工学科 |
桜井 尚 | 昭和 18 | 電気工学科 |
芝辻 輝夫 | 昭和 18 | 電気工学科 |
祖父江 晴秋 | 昭和 18 | 電気工学科 |
野沢 正雄 | 昭和 18 | 電気工学科 |
藤井 郁 | 昭和 18 | 電気工学科 |
市原 昇 | 昭和 19 | 電気工学科 |
種田 信幸 | 昭和 19 | 電気工学科 |
内藤 毅雄 | 昭和 19 | 電気工学科 |
三宅 正信 | 昭和 19 | 電気工学科 |
伊藤 博英 | 昭和 20 | 電気工学科 |
中野 彌喜雄 | 昭和 20 | 電気工学科 |
服部 信男 | 昭和 20 | 電気工学科 |
大野 徳衛 | 昭和 21 | 電気工学科 |
伊藤 季彦 | 昭和 22 | 電気工学科 |
大橋 五郎 | 昭和 22 | 電気工学科 |
鬼頭 明 | 昭和 22 | 電気工学科 |
木村 信三郎 | 昭和 22 | 電気工学科 |
小出 照明 | 昭和 22 | 電気工学科 |
佐藤 和夫 | 昭和 22 | 電気工学科 |
杉本 利夫 | 昭和 22 | 電気工学科 |
田垣 義次 | 昭和 22 | 電気工学科 |
玉田 博二 | 昭和 22 | 電気工学科 |
伊藤 敞夫 | 昭和 23 | 電気工学科 |
加藤 文男 | 昭和 23 | 電気工学科 |
河井 健太郎 | 昭和 23 | 電気工学科 |
熊崎 憲次 | 昭和 23 | 電気工学科 |
武内 銀蔵 | 昭和 23 | 電気工学科 |
竹内 節 | 昭和 23 | 電気工学科 |
竹内 晴雄 | 昭和 23 | 電気工学科 |
田島 清良 | 昭和 23 | 電気工学科 |
中井 二夫 | 昭和 23 | 電気工学科 |
畠中 正廣 | 昭和 23 | 電気工学科 |
堀 彦兵 | 昭和 23 | 電気工学科 |
堀 三木 | 昭和 23 | 電気工学科 |
村川 邦夫 | 昭和 23 | 電気工学科 |
荒川 章 | 昭和 24 | 電気工学科 |
井上 昮 | 昭和 24 | 電気工学科 |
田中 督啓 | 昭和 24 | 電気工学科 |
泉舘 昭則 | 昭和 25 | 電気工学科 |
岩田 收平 | 昭和 25 | 電気工学科 |
荻野 孝 | 昭和 25 | 電気工学科 |
奥村 亮 | 昭和 25 | 電気工学科 |
梶浦 孝一 | 昭和 25 | 電気工学科 |
加藤 裕 | 昭和 25 | 電気工学科 |
後藤 正 | 昭和 25 | 電気工学科 |
白井 光雄 | 昭和 25 | 電気工学科 |
須田 馨 | 昭和 25 | 電気工学科 |
中川 孝之 | 昭和 25 | 電気工学科 |
林 文雄 | 昭和 25 | 電気工学科 |
間瀬 卓夫 | 昭和 25 | 電気工学科 |
伊藤 健男 | 昭和 26 | 電気工学科 |
岩下 湛光 | 昭和 26 | 電気工学科 |
沖辻 寛 | 昭和 26 | 電気工学科 |
奥村 士郎 | 昭和 26 | 電気工学科 |
加藤 隆 | 昭和 26 | 電気工学科 |
兼子 共明 | 昭和 26 | 電気工学科 |
川合 茂樹 | 昭和 26 | 電気工学科 |
岸 治 | 昭和 26 | 電気工学科 |
成田 勇夫 | 昭和 26 | 電気工学科 |
西川 弘 | 昭和 26 | 電気工学科 |
波多野 寅英 | 昭和 26 | 電気工学科 |
原 行一 | 昭和 26 | 電気工学科 |
本田 春光 | 昭和 26 | 電気工学科 |
安田 丞善 | 昭和 26 | 電気工学科 |
犬飼 英吉 | 昭和 28 | 電気工学科 |
伊藤 昭吉 | 昭和 28 | 電気工学科 |
児玉 英夫 | 昭和 28 | 電気工学科 |
社本 一郎 | 昭和 28 | 電気工学科 |
中村 好郎 | 昭和 28 | 電気工学科 |
山田 新一 | 昭和 28 | 電気工学科 |
加藤 信一郎 | 昭和 29 | 電気工学科 |
志賀 拡 | 昭和 29 | 電気工学科 |
七滝 健夫 | 昭和 29 | 電気工学科 |
廣瀬 皓二 | 昭和 29 | 電気工学科 |
山口 亘 | 昭和 29 | 電気工学科 |
匿名希望 | 昭和 29 | 電気工学科 |
石川 朝二 | 昭和 30 | 電気工学科 |
内田 忠良 | 昭和 30 | 電気工学科 |
水谷 晃 | 昭和 30 | 電気工学科 |
浅井 利夫 | 昭和 31 | 電気工学科 |
大嶋 光朗 | 昭和 31 | 電気工学科 |
川井 一正 | 昭和 31 | 電気工学科 |
熊澤 義美 | 昭和 31 | 電気工学科 |
倉田 怜 | 昭和 31 | 電気工学科 |
鈴木 敏孝 | 昭和 31 | 電気工学科 |
新剛 実 | 昭和 32 | 電気工学科 |
伊藤 春光 | 昭和 32 | 電気工学科 |
上田 隆右 | 昭和 32 | 電気工学科 |
岡野 修 | 昭和 32 | 電気工学科 |
金田 桂太郎 | 昭和 32 | 電気工学科 |
沢田 正美 | 昭和 32 | 電気工学科 |
中村 義房 | 昭和 32 | 電気工学科 |
森 千鶴夫 | 昭和 32 | 電気工学科 |
守山 茂一郎 | 昭和 32 | 電気工学科 |
荒井 英二 | 昭和 33 | 電気工学科 |
伊藤 正秋 | 昭和 33 | 電気工学科 |
藤田 正浩 | 昭和 33 | 電気工学科 |
前島 一雄 | 昭和 33 | 電気工学科 |
芦崎 重也 | 昭和 34 | 電気工学科 |
岡田 明義 | 昭和 34 | 電気工学科 |
鈴木 倭 | 昭和 34 | 電気工学科 |
吹野 勝重 | 昭和 34 | 電気工学科 |
森島 茂樹 | 昭和 34 | 電気工学科 |
山田 要 | 昭和 34 | 電気工学科 |
梅野 正義 | 昭和 35 | 電気工学科 |
森田 甫之 | 昭和 35 | 電気工学科 |
小田 征一郎 | 昭和 36 | 電気工学科 |
神谷 昌宏 | 昭和 36 | 電気工学科 |
長本 弘幸 | 昭和 36 | 電気工学科 |
馬路 才智 | 昭和 36 | 電気工学科 |
若山 計夫 | 昭和 36 | 電気工学科 |
加藤 祥三 | 昭和 37 | 電気工学科 |
久保村 徳太郎 | 昭和 37 | 電気工学科 |
玉野 元一 | 昭和 37 | 電気工学科 |
土居 秀行 | 昭和 37 | 電気工学科 |
野田 昭 | 昭和 37 | 電気工学科 |
早原 悦朗 | 昭和 37 | 電気工学科 |
水谷 欽弥 | 昭和 37 | 電気工学科 |
是木 修一 | 昭和 38 | 電気工学科 |
八代 弘 | 昭和 38 | 電気工学科 |
岩間 紀男 | 昭和 39 | 電気工学科 |
桑原 武彦 | 昭和 38 | 電気工学科 |
近藤 吉明 | 昭和 38 | 電気工学科 |
高井 律男 | 昭和 39 | 電気工学科 |
水澤 健一 | 昭和 39 | 電気工学科 |
毛利 博 | 昭和 39 | 電気工学科 |
大隅 東也 | 昭和 40 | 電気工学科 |
小澤 容 | 昭和 40 | 電気工学科 |
志賀 康宜 | 昭和 40 | 電気工学科 |
石井 光雄 | 昭和 41 | 電気工学科 |
中村 光一 | 昭和 41 | 電気工学科 |
松井 信行 | 昭和 41 | 電気工学科 |
纐纈 重篤 | 昭和 41 | 電子工学科 |
丹下 正彦 | 昭和 41 | 電子工学科 |
川島 征一郎 | 昭和 42 | 電気工学科 |
佐野 周造 | 昭和 42 | 電気工学科 |
宇佐美 忠男 | 昭和 42 | 電子工学科 |
沢野 勝 | 昭和 43 | 電気工学科 |
重見 健一 | 昭和 43 | 電気工学科 |
福政 修 | 昭和 43 | 電気工学科 |
牧野 正俊 | 昭和 43 | 電子工学科 |
桂川 篤 | 昭和 44 | 電気工学科 |
櫛部 精次郎 | 昭和 45 | 電子工学科 |
藤原 修 | 昭和 46 | 電子工学科 |
蛭子 博志 | 昭和 47 | 電気工学科 |
田島 耕一 | 昭和 47 | 電気工学科 |
西田 勝彦 | 昭和 47 | 電気工学科 |
星野 幸吉 | 昭和 47 | 電気工学科 |
川合 勝廣 | 昭和 47 | 電子工学科 |
市原 正樹 | 昭和 48 | 電気工学科 |
蓮田 史則 | 昭和 48 | 電気工学科 |
北村 正 | 昭和 48 | 電子工学科 |
飯塚 圭亮 | 昭和 49 | 電気工学科 |
桑原 成光 | 昭和 49 | 電気工学科 |
眞鍋 和人 | 昭和 50 | 電気工学科 |
岩波 保則 | 昭和 51 | 電気工学科 |
藤村 寛貴 | 昭和 51 | 電子工学科 |
佐渡 弘 | 昭和 52 | 電気工学科 |
森田 要一 | 昭和 53 | 電気工学科 |
大山 眞次 | 昭和 54 | 電気工学科 |
村上 仁志 | 昭和 54 | 電子工学科 |
酒井 公孝 | 昭和 54 | 情報工学科 |
石橋 豊 | 昭和 56 | 情報工学科 |
安藤 幹人 | 昭和 57 | 電気工学科 |
曽我 哲夫 | 昭和 57 | 電気工学科 |
竹下 隆晴 | 昭和 57 | 電気工学科 |
柳原 徳久 | 昭和 57 | 電気工学科 |
菊間 信良 | 昭和 57 | 電子工学科 |
内匠 逸 | 昭和 57 | 電子工学科 |
丸山 敏彦 | 昭和 57 | 情報工学科 |
松尾 啓志 | 昭和 58 | 情報工学科 |
沢村 豪人 | 昭和 59 | 電子工学科 |
徳田 恵一 | 昭和 59 | 電子工学科 |
長繩 浩幸 | 昭和 61 | 電子工学科 |
林 宏明 | 平成 1 | 電気情報工学科 (情報・通信) |
谷口 一哉 | 平成 3 | 電気情報工学科 (電気・電子) |
川上 康子 | 平成 3 | 電気情報工学科 (情報・通信) |
社本 英司 | 平成 3 | 電気情報工学科 (情報・通信) |
中田 晶子 | 平成 5 | 電気情報工学科 (情報・通信) |
藤井 健一 | 平成 6 | 電気情報工学科 (電気・電子) |
田中 美弘 | 平成 9 | 電気情報工学科 (情報・通信) |
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最終更新 : 2006年 2月22日 (水) 19:57:18